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あの頃、もし本当にだれかがベトコン兵士の死体の写真を見せてくれたとしたら、その場で嗚咽できる人間でありたかった、といまにして私は思っている。

デイヴィッド・ハルバースタムが交通事故で亡くなったらしい。
大学生時代、バブルに浮かれる中でNHKがかつて王者として君臨したアメリカ自動車産業の雄フォードが没落し、一敗戦国のちっぽけな自動車会社(日産)が海外へ進出していくに至る様子を描いた特番を放送した。それはハルバースタムの「覇者の奢り」がベースになっていた。
JFKに代表される60年代の若く優秀な指導者達がなぜベトナム戦争という泥沼にアメリカを導いてしまったのか、彼らの輝きの裏に欠けていた資質とは何だったのかを問うたのもハルバースタムの「ベスト・アンド・ブライテスト」だった。
ハルバースタムに出会って僕はその後のノンフィクションの読み方が変わったと思う。ノンフィクションの魅力を教えてくれたのがハルバースタムだった。

ベスト・アンド・ブライテスト」翻訳者の浅野氏があとがきにおいて、ハルバースタムに関する或る一つのエピソードを紹介している。
ベトナム報道を続けるハルバースタムを巡る一つの噂が流され始める。累々と横たわるベトコンの死体の山を前にしてハルバースタムが泣いたという噂だ。これは暗に彼が女々しい男であり、ベトコンに同情しているという批判を含んだデマだった。(海兵隊の将校が流したとされている)ハルバースタムはその噂について、彼の娘に宛てたコラムの中で次の様に語っている。

>あの頃、もし本当にだれかがベトコン兵士の死体の写真を見せてくれたとしたら、
>その場で嗚咽できる人間でありたかった、といまにして私は思っている。

一人の偉大なジャーナリストを失った。