ワトソン君、ちょっとこっちに来てくれないか
想定というのはどこか当たらない。
10年ほど前、息子が入学した中学校のPTAのイベントで携帯電話の話になった。まだスマホ全盛になる前、ガラケーでゲームなどが主流だった頃だ。
PTAで依頼した講演者の人は携帯ゲームに没頭する若者を見て、携帯電話が子どもに与える影響の大きさ、特に悪影響についての不安を語った。
それについて父兄にも意見を聞かれたのだが、僕は講演者と全く反対の意見を述べた。
確かに今の状態を見るとそういう懸念も出るかもしれない。個々の個人を見たら、没頭しすぎる人もいるだろう。しかし、僕は人間というものを信じている。技術や考え方の方向性、問題があったら解決しようとし、少しでも良い方向に進めようとする意思のようなものがあるから、今の携帯の問題も緩和されるのではないかと。
当然のことながら講演者の人は納得はしてくれず、今まではそうだったかもしれないが、携帯の魅力は大きく、そうはならないのじゃないかと心配している、と締めくくった。
それから10年。ガラケーはスマホに変わり、ゲームやネットを使った詐欺行為なども起きているが、僕には総じて悪くなったとは思えない。
僕は根本的には楽観主義者だ。時々楽観しすぎて後悔するくらいに。だから僕には悪くなっているように見えないのかもしれないが。
表題は電話を発明したグラハム・ベルが自分で製作した電話機を使った通話の実験で、最初に電話機に向かって(正確にはもう一方の電話機の前にいる助手に向かって)発した言葉だそうだ。
グラハム・ベルはもし電話機が将来詐欺や、娯楽に使われ、人に悪影響を及ぼす事があるとわかっていたら、発明をやめただろうか?
僕はそうは思わない。彼はすぐに助手を呼んで、悪用を防ぐための防止策を検討し始めただろう。