見られなかった桜
80年代の前半に2年間浪人していた。
河合塾という予備校が梅田の近くに大きな校舎を建てたばかりで、そこに通い、ビリヤードやカンテGでチャイを飲んだりする毎日だった。
時々勉強もした。
なんとか三度目の正直で志望校に合格したら、河合塾から合格祝賀会の案内が来た。
もうどんな会だったかは覚えていないのだが、お祝いの記念品が桜の苗木だった。細い、ひょろりとした一本の枝で、蕾も少し付いていた。
僕はそれを家の庭に植えたらしい。
らしい、というのは僕の記憶が定かではないからだ。
学生時代も盆と暮れにはちゃんと帰省していたが、お正月や八月の真夏には誰も桜の木など見向きもしないからどれだけ大きくなったかも覚えていない。
苗木を植えたのが86年、それから10年たって阪神淡路大震災が起き、実家は半壊し、最終的には解体されて更地になり、改めて家を建て直したが、その時には桜の木は勿論、庭の木は全て変わっていた。
ただお袋がいうには、震災が来るまで、桜は年々大きくなり、つける花の数も増えていたらしい。
らしい、だ。その桜を僕は見ていない。